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大阪リングの生い立ち

 [大阪奇術愛好会] 大阪リングの母体としてのこの会の説明を始めましょう。
 大阪リングは201番目のIBM支部であることは前項にて述べました。1969年の発足当初に贈られてきたリングの証書 (Ring Charter) が写真のものです。すでに半世紀に近づく時が過ぎ、当初のメンバーの半数近くが故人となっています。今回、当リングのサイトを開設するにあたり本支部の発足から現在までの経緯をご説明します。

リングの証書

 1950年代、大阪近辺の奇術愛好家が、互いに奇術を見せ合い、研究し、楽しむため自然と集まるようになったのが日本奇術愛好会の始まりと言われています。大阪心斎橋のはずれにある「誓得寺」というお寺の一室を借りて毎月の例会が開かれていました。いろんな年代の人がいましたが、学生や若い活気あふれる人が多くいました。特に会長、役員と言ったものはなく、皆で楽しむ研究会という性格のものでした。会費を集めることもなく、例会に集まった人はその日の席料を出し合うのがルールでした。お寺は今で言う‘貸し会議室’でした。1960年代の初め頃にこの集まりの中から若い人たちが中心になって大阪奇術愛好会が作られました。例会会場は大阪本町にある大阪府立「大阪商工会館」でした。一時、会場を別に移したこともありましたが、また元に戻りここでの例会は約50年続きました。その後この会館が廃館となり、現在千日前のビジネスホテル フローラルイン難波で開催されています。
大阪奇術愛好会は、1964年に機関誌 ‘The Svengali’ 創刊号を発行しました。また、翌1965年には、日本で始めて Close-up Magic Convention を開催しました。この頃の会員は若い人が多く、奇術の文献は主に海外の図書に頼っていました。メンバーの中で、多田秀夫先生、松田道弘氏が既に、IBMに入会されていました。1968年にIBM のPresidentのThornton Pool 氏が来阪され、Vice President であった多田秀夫先生を介してリング結成を勧めてくれました。それをうけて大阪奇術愛好会会員の大勢とその他の愛好家の方々も加わり大挙してのIBM加入、リングの結成と発展しました。大阪奇術愛好会を解散することはなく、実質的に大阪奇術愛好会とIBM大阪リングが共同して活動することとなりました。以上がIBM大阪リングの生い立ちですが、 ‘The Svengali’ は、その後も大阪奇術愛好会の名前で発行されてきました。